2019.3.29

こどもの可能性を拡げる情報

離島に見るグローカル教育最前線-後編

何もない島で“本物”に触れる

島根県立隠岐島前高校で始まった学校魅力化の取り組みは、今、島前エリア全体に拡がり、「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」として小中学校まで含めたプロジェクトとなっている。そして、当初から変わらぬ地域とのつながりに加えて、世界とつながり、世界に飛び出すグローバル教育も拡がりを見せている。こどもたちは、地域と、そして世界とどのように関わり、何を学んでいるのか。島前の教育の魅力の本質はどこにあるのか。前編に引き続き、同プロジェクト・コーディネーターの大野佳祐さんに伺った。

これからの時代に求められるのは、
「ローカル×グローバル」な視座
地域に深く入り込んで学ぶ一方、世界とつながるグローバルな学びも島前高校の特徴だ。2年次には全員がシンガポールに海外研修に行き、「夢探究」で取り組んだ地域課題とその解決策について英語で発表する。さらに、平成28年度からは「グローバル探究」としてブータン、ロシア、エストニアに生徒を派遣(選抜制)。また、コスタリカやロシア、ブータンなど、世界中から留学生を受け入れている。“グローカル人材”の育成を目指した教育が評価され、文部科学省のSGH(スーパーグローバルハイスクール)事業にも指定された。
「毎年、生徒の約4割がなんらかのかたちで海外に出ています。自分が普段接しているのとはまったく異なる価値観や時間・空間のなかで過ごし、言葉が話せなくてもコミュニケーションって成立するんだ、ということを体験して帰ってくる。海外がいい・日本がいい、都会がいい・田舎がいい、という二項対立ではない、世界はこんなに多様性に富んでいるんだということを肌で感じ、そこで自分は何ができるのかを考える貴重な機会になっていると思います」(大野氏)
興味深いのが、学びのアウトプットの機会の多さだ。例えば、平成30年度の「ブータン探究」に参加した生徒のうち2名は、早稲田大学日本ブータン研究所が主催する「ブータン勉強会」にて、探究の調査内容について発表した。同勉強会では島前高校に通うブータン出身の生徒も発表。30人ほどの参加者の前で、堂々とプレゼンテーションを行った。
発表した藤田紀帆さん(2年)と吉里柚波さん(3年)は、次のように感想を述べる。
「以前は人前で話すこともこうした会に出ることも苦手で、ブータン探究に取り組んでいなければ、そのままの自分だったと思います。ブータン探究のおかげで発表にも少しずつ慣れてきて、今回は緊張しつつも楽しむことができました」(藤田さん)
「ブータン探究を通して、ブータンについて学べただけでなく、チームワークの大切さや周りの人の支えのありがたみに気づくことができました。この気づきを今回の勉強会で終わらせず、普段の授業やこれからのプロジェクトでも活かして成長していきたいと思います」(吉里さん)
海外や島外に直接足を運ぶだけではない。隠岐國学習センターや島留学生が暮らす教育寮「三燈」では、ICTを活用した遠隔交流も頻繁に開催されている。日本科学未来館の科学コミュニケーター、サモアに派遣中の青年海外協力隊員、沖縄や埼玉の高校生…と、つながる先は国内にとどまらない。離島という物理的な制約があっても、人や情報にアクセスできる環境が整っているのだ。
「ICTの進歩で、今は情報へのアクセスの面では、物理的な不便さを感じることはほとんどなくなりました。一方、離島には都会にないものも多く、不便さを感じることもあります。例えば、高校生が英語の外部試験を受けようと思ったら、2泊3日で本土に行かなければなりません。悪天候でフェリーが欠航するかもしれませんし、万一の場合はどうするかなど、事前にいろいろと想定して自分で計画を立てておかなければなりません。でもこの不便さが、創造性や主体性を育てることにつながると思うのです」(大野氏)
本物や本気に触れたとき、
子どもの心は大きく動く
地域に深く入り込み、世界と広くつながりながら、生徒が主体的に考え行動し、自己実現できるよう伴走する。そんな島前の教育のあり方からヒントを得ようと、毎月、教育関係者をはじめ多くの視察者が島を訪れる。ここで行われている教育は、他の地域でも実現可能なのだろうか。大野さんはこう語る。
「高校生って、放っておいても心身ともに成長する年頃なんですよね。どんな経験でも自分なりに咀嚼してアウトプットする。じゃあ島前での教育は何が違うのかというと、僕は“本物に触れられること”だと思っています。人は、本物や本気に触れたときに、大きく心が動くものです。例えば、牛飼いの人が実際に牛を連れてきて、生計をどう立てるかなどリアルな話を聞かせてくれる。福祉の仕事をしている人が来て、抱えている課題について話してくれる。学習センターのスタッフが本気で自分の人生を語ってくれる。業界の第一線で活躍している人が、その業界や自分の半生について講演してくれる。知らない国からの留学生が身近にいて、自分の国の話をしてくれる。すると高校生も、自分も何かやろうという気持ちになる。ブータンで「伝統芸能が守られている姿を見て、 自分も西ノ島で神楽を続けようと思った、と話してくれた生徒もいました。
もちろん、田舎の良さ、みたいなのもあると思います。道を歩いていたら、『あんた何年生になった?』とか『進路どうすんだ?』とか、いろんな人に声をかけられる。見守られている感があるというか、自分のことを気にかけてくれる人がいるんだという安心感は、都会の高校生とは全然違うでしょうね。その点では、離島・中山間地域の方が利があるのかもしれません」(大野さん)
10年を経て価値づくりのフェーズへ。
魅力的で持続可能な学校と地域をつくる
魅力化の取り組みは、10年間を通して進化を続け、現在は「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」という名称で小中学校まで見据えたプロジェクトとなっている。小中学校での取り組みにおいても大きいのが、コーディネーターの存在だ。今では3町村の各校に設置され、地域と学校とが密に関わり合う学びの場を創出している。
例えば知夫村では、中学3年生の探究学習で、「地域の祭りをプロデュースする」、「地域の高齢者のエンディングノートを作成する」、「地元の食材を使った給食メニューを考案する」という3つのプロジェクトを設定。地域の人と連携しながら、生徒たちが主体となって取り組んでいる。また、3町村それぞれが小中学生向けの「島留学」を実施。寮生活を送る(知夫村)、親子で留学する(西ノ島町・海士町)など違いはあるが、数日間の体験型ではなく1年単位の長期滞在型なのが特徴だ。取り組みが始まってまだ数年だが、問い合わせ件数は年々増えているという。
では、今後はどのような未来を描いているのだろうか。
「先日、第3期魅力化構想を発表しました。今後は、課題である基礎学力の補完、小中高の連携・接続、高校と社会との接続などに、より力を入れていきたいと考えています。また、島の子が都会の学校で学ぶ“越境留学”など、実現に向けて動き出していることもたくさんあります。
これまでの10年間は課題解決の10年で、北極星のような大きな目標に向かって一丸となって進んできました。一方、ここからの10年間は、価値づくりの10年だと考えています。僕らの役割は、魅力化のプロジェクトをこの先も持続させていくこと。教育には唯一、人を変える力があります。それを信じて次の世代を育て、バトンを渡していきたいと思っています」(大野氏)
「地域社会とのつながり」や「課題解決型の探究学習」、「生徒同士の学び合い」、「主体性・協働性」というのは、次期学習指導要領において強調される重要な要素だ。その先行実践事例として、この離島の教育はさらに注目を集めそうだ。

隠岐島前教育魅力化プロジェクト

平成20年発足の「隠岐島前高校教育魅力化プロジェクト」以来、「魅力的で持続可能な学校と地域をつくる」をビジョンに、島前地域の教育の拡充に取り組む。隠岐島前高校の教育魅力化の取り組みを中心に、海士町、西ノ島町、知夫村の各小中学校でも、地域にとって、子どもたちにとって、持続的かつ魅力的な教育を探究し続けている。事業主は、島前3町村が出資して平成26年に設立した一般財団法人島前ふるさと魅力化財団。

文/笹原風花 撮影/WorMo’編集部