2019.2.21

こどもの可能性を拡げる情報

前編)科学の力でいじめ撲滅を目指す

「再現性」がなければいじめは起こり続ける

日本では、数十年前からいじめ問題に関する研究が進められてきた。しかし、いまだに解決方法は確立されておらず、教育現場の教師たちは対応を模索し続けている。このような現状を変えようと公益社団法人子どもの発達科学研究所では、いじめを科学的に研究し、いじめ予防プログラムを開発し、教育関係者や児童・生徒に向けたセミナーを通じて精力的に普及活動を行っている。同研究所で主席研究員を務める大阪大学大学院特任講師の和久田学氏は、「科学を活用すれば、いじめの予防法や対処法が見えてきます」と強調する。科学の力を使っていじめ撲滅を目指す手法についてお聞きした。

いじめなどの問題行動には「再現性の確保」の観点から
科学的にアプローチするべき
和久田氏は大学卒業から20年以上、特別支援教育の分野から、不登校や非行、いじめなどの問題行動を起こすこどもと向き合ってきた経歴の持ち主だ。それぞれのケースに対処する中で、常に感じていた疑問があるという。
「例えば暴力行動を起こしたこどもに対して、先生ごとに見解や対応が異なるうえ、次に問題が起きたらまたイチから対処する繰り返しでした。いじめに関しても同じです。いじめは一つひとつ内容が異なり、被害者と加害者の関係性もさまざまです。ですからその都度対応するわけですが、根本的な解決策とはいえません。このままではいじめを含めた問題行動をなくすことはできない、正解がほしいと強く感じていました」
和久田氏はその後、大阪大学大学院で、こどもの問題行動を解決するための行動科学を学ぶ。そこで知ったのが、こどもの問題行動に関する海外の研究状況だった。
「日本では、教師たちの経験則によって問題行動にアプローチするケースが目立ちますが、実際の効果については十分に検証が行われていない状況です。一方、欧米では、ノルウェーの心理学者ダン・オルヴェウスらの研究によっていじめ防止プログラムが開発され、導入されるといった建設的ないじめ対策が進んでいます」
このようないじめ対策について、和久田氏は次のように説明する。
「私たちはこのような研究方法を、物事を実証的・論理的・体系的にとらえるという意味で『科学的』だと考えています。科学的な方法で研究を行うことで、どのような環境下でいじめが起こりやすいか、といった事実がわかるので、その環境をつくらなければいじめは起こりにくくなるという予想が立てられます。つまり、根本的とはいかないまでも、いじめ予防に対する再現性の高い(同じ条件のもとでなら同じできごとを繰り返し起こせること)アプローチができるわけです」
いじめに関わったすべてのこどもが
負の影響を受け続けることに
さらに和久田氏は、問題行動の中でもいじめがこどもの将来に及ぼす影響について強調する。
「例えば、アメリカのいじめ問題研究者として知られるアラン・L・ビーン博士は1999年に、『小学校4年生から中学2年生の25%が、いじめが原因で学力が低下した』という研究結果を発表しています。また、1987年にはアメリカの研究者、レオナード・D・エロン博士から『8歳のときに攻撃的な男子は、大人になってから何らかの犯罪者になる確率が高い』という報告が、2004年にはアメリカの研究者グレゴリー・R・ジョンソン博士から『いじめの傍観者も、いじめの被害者と同程度の心理的苦痛を抱く』という報告が挙がっています。つまり、被害者だけでなく、加害者・傍観者もいじめによる負の影響を受けやすいことがさまざまな研究結果から明らかになっているのです」
環境にフォーカスする
欧米型のアプローチでいじめと向き合う
では、いじめの起きない学校現場をつくるにはどうしたらいいのか。和久田氏は二つの面から指摘する。
「いじめを考えるとき大切なのは、一人ひとりのこどもの特性に焦点を当てるのではなく、環境にフォーカスすることです。欧米では、学校の規模や地域性、こども個人の特性など多様な観点からいじめの調査が行われてきました。その結果、いじめをつくるのは環境だという認識が浸透し、いじめ防止プログラムなどが開発されて効果を上げています。私たちも、科学的根拠があるとされている欧米型のアプローチ法に共感し、そのメソッドを日本に伝えたいと思いました」
また、環境に注目することは、再現性を高めるためにも有効だという。
「例えば、いじめの加害者となるこどもは、先輩からいじめを受けたり、保護者から虐待を受けた経験がある傾向があります。また、孤立しているこどもは被害者になりやすい、といった特徴があります。しかし、加害者・被害者にフォーカスすると、ともすれば『いじめられる方も悪い』『いじめる子はおかしい』といった個人攻撃の流れができてしまううえ、いじめの解決にも役立ちません。そうではなく、どんな環境でいじめが起きているのかを特定し、そのような学校風土をつくらないことが大切なのです」
いじめが起きる環境を科学的に計測するために、研究所では欧米の手法を参考に『学校風土・いじめ調査』を開発した。こどもと保護者、教師への150項目に及ぶアンケートをもとに、いじめの実態や背景要因、学校風土について分析し、環境を特定するわけだ。研究所ではのべ40校のデータを分析し、さらに欧米の先行研究を丹念に調べることで「いじめが起きやすい環境・起こりにくい環境」を研究し続けている。
そこで改めてわかってきたのが、いじめを深刻化させる2つの要因だ。一つは、被害者と加害者との間にある上下関係による「アンバランス・パワー(力の不均衡)」。もう一つは、「これくらいはいじめとは言えないだろう」といった勝手な思い込みがもたらす「シンキング・エラー(間違った考え)」だ。
そこで和久田氏らは、これまでの研究結果を活用して、教育関係者に向けたいじめ予防プログラム『Triple Change』セミナーを開催したり、専門研究員が個々の学校に向けて改善点をアドバイスしたりするなどの活動も行っている。
ある中学校の『学校風土・いじめ調査』のまとめ。全体的に平均値よりスコアが高い傾向がみられる。

出典:ある中学校の『学校風土・いじめ調査』データより
ある中学校の『学校風土・いじめ調査』の1年2組の結果。平均値を0.0とし、平均以下が赤、平均以上が青で表示される。質問項目は細かく、男子と女子で結果が大きく分かれた項目もある。

出典:ある中学校の『学校風土・いじめ調査』データより
いじめに対する正しい行動を指導することで
いじめの予防や早期解決を目指す
もう一つ大切なのは、「いじめを起こすこども」ではなく「傍観者になる可能性があるこども」に働きかけることだという。その理由を和久田氏は次のように語る。
「脳のメカニズムにも関連するのですが、こどもは問題行動を起こすことで保護者や教師の注目を浴びようとしている面があります。その上、思春期は、脳の抑制機能が働きにくいため、ますます加速してしまうわけです。さらにアメリカの研究では、問題行動を起こしやすく個別対応が必要な1~5%の生徒に教師が振り回され続けていると、ほかの生徒も問題行動を起こすようになっていく、という報告も上がっています。このような悪循環を断ち切るには、問題行動を起こしていない生徒に働きかけることが重要です」
出典:PBIS(Positive Behavior Intervention & Supportsより
では問題行動を起こしていない生徒への働きかけはどのようにすればいいのだろうか。研究所では、IWA JAPAN、Be-creative agencyと共同で立ち上げたいじめ撲滅を目的にした『Be A HERO』プロジェクトとして、いじめ防止のための具体的行動をこどもたちに直接教えている。このプロジェクトでは、「いじめられている友達を助けたり、自分が助けを求めたりすることは正しいことだ」など、いじめの予防・早期解決という観点から見て正しい行動を起こすように働きかけている。
「アメリカでは1990年代に、PBIS(Positive Behavior Intervention & Supports)日本語では「ポジティブな介入と支援」)という生徒指導のためのフレームワークが教育現場に導入されました。そのプログラムでは、時間通りに登校し、授業に参加している、いわば当たり前のことを普通にしている生徒を徹底的に評価します。一方で問題行動を起こす生徒に対しては、さらっと注意するぐらいにとどめる方針をとっています。このプログラムに沿った指導が行われるようになってから、アメリカでは生徒の問題行動は目に見えて減っています」
だからこそ『Be A HERO』プログラムでも、悪い行動ではなく正しい行動をこどもに教え、いじめ予防の環境づくりを行っているわけだ。
「1997年にカナダで行われた実験では、約85%のいじめには傍観者がいるという結果が出ています。しかしカナダのD・リン・ホーキンス博士による別の研究では、いじめに対して傍観者の1人が『やめた方がいいよ』などと言った場合、数秒以内に約6割のいじめが治まったという報告が上がっています。さらに、複数の傍観者に言われると、加害者は力を失う、という結果も出ています。ほんの少しの勇気を出していじめを止めるアクションをこどもに指導していけば、必ずいじめは減っていくと私たちは確信しています」
日本の教育現場において、いじめ問題は教師一人ひとりに任されることが多く、まさに「再現性」のない対応が続けられていた。しかし今、SNSをはじめとするネットいじめ、LGBTなどのマイノリティを対象にしたいじめなど、方法や内容が多様化している状況の中、個々の経験だけで対処しようとしても限界が出てきている。だからこそ、いじめ問題解決に向けて科学の力がますます求められるようになっていくはずだ。
後編では、家庭で実践したいいじめ問題解決のための行動について紹介する。

子どもの発達科学研究所

大阪大学大学院と大阪大学、浜松医科大学、千葉大学、金沢大学、福井大学の「子どものこころの発達研究センター」による研究成果の普及を行う公益社団法人。こどもの発達やこころに関する調査研究を行うとともに、セミナーや講演会を通じて保護者や教師に向けて最先端の研究成果を発表している。教育関係者や保護者に向けたいじめ予防プログラム『TRIPLE-CHANGE』セミナーや、こどもを対象としたいじめ撲滅プロジェクト『BE A HERO』などを開催。

文/横堀夏代 撮影/荒川潤