2016.9.26

こどもの可能性を拡げる情報

後編)プログラミング教育必修でどう変わる

最先端の情報教育を実践!

理工系の生徒が多数を占める芝浦工業大学中学高等学校では、情報教育やテクノロジー教育に力を入れており、国内でもトップクラスの先進的なプログラミング教育を実践している。2020年からの小学校での必修化に先立ち、プログラミング教育の在り方についてはさまざまな議論が交わされている。同校の取り組みにヒントを探るべく、中学校の技術を担当する技術科教諭の岩田亮先生を訪ねた。

まずはプログラミング技術の
重要性・可能性の理解から
JAXAのロケット開発、リニアモーターカー、国産初のジェット旅客機MRJ…中学1年の1学期、岩田先生による技術の授業は、最新の科学技術の事例紹介やものづくりの実話(ノンフィクション)からスタートする。ねらいは、生徒に感動や驚きを与えることだ。そして、上記の事例はいずれもコンピューターで制御しており、そこにはプログラミング技術が使われている。事例を通して、岩田先生は「最先端のものづくりにはプログラミング技術が不可欠だ」ということを暗に伝えているのだ。
「中1の1学期の授業ではとくに、“なぜ”という理由や“何のために”という目的を重視しています。プログラミングのスキルや知識を学ぶ前に、まずは、プログラミングがなぜ必要なのか、プログラミングにより何が可能になるのかを、直感的に理解することが大切なのです。そして、プログラミング技術の重要性と可能性が理解できると、プログラミング技術についてもっと知りたい、自分もやってみたい、という知的好奇心や意欲が生徒の中でむくむくと湧き上がります。これが、2学期以降の自発的な学びへとつながるのです」
同時に、1学期には、ものづくりに携わる人間として持つべき感覚や姿勢、倫理教育も行う。ITリテラシーをはじめ、度量衡の概算能力(見た目からモノのサイズを目算する能力)、仮説・検証をくり返して結論を導く手法、常に疑ってみるという視点、小さなことを疎かにすることが大きなミスにつながる恐ろしさ、そして、データを過信せず実際にかたちにして検証することの大切さ…。デジタル世代のこどもたちに、「デジタルは、アナログ的な基礎や仕組みを理解してこそ生きる」と、身をもって体験・学習することの重要性を伝えているのだ。
プログラミングを通して
ものづくりのおもしろさを体感
現代のものづくりを学ぶ土台を培った生徒たちは、2学期からWordやExcel、PowerPointといったOffice系ソフトの基本操作を学び始める。例えば、Excelの表計算ソフトでは、範囲内の数値を合計することから、論理、統計、行列など各関数を調べて入力していく。1文字打ち間違うだけで思うような結果が出なかったり、関数の組み合わせを少し変えるだけで結果がまったく変わったりと、ここではプログラミングにも通じる基礎を学んでいく。
2・3年生では、Office系ソフトの応用、情報の要素を交えた木材加工・金属加工、手描き図面とパソコン(CAD)を併用した設計製図の基礎などを学び、3年生の2学期になりようやく、スクリプト言語Rubyを用いたプログラミング技術を学び始める。Rubyは初心者でも読み書きしやすく、またさまざまな環境で動作させることができるため、プログラミング教育に適した言語とも言える。
「まずは生徒に“楽しい”と思わせたいので、Rubyを使って簡単なことをやらせます。一度できると、生徒はもっとやってみたいと思う。そこで次は、少しだけ考えさせる要素を盛り込みます。こうして、のめりこませる工夫をしています。Ruby自体を習得してほしいのではなく、Rubyを通してプログラミングによるものづくりのおもしろさを体感してもらうのが目的です。プログラミングの価値を理解すると同時に、誰にでもできるのだということも経験的に知ってもらいたいのです」
さらに高校では、C言語を用いての本格的なプログラミング教育を実践している(高校の授業は須田雄一先生が担当)。来年度からは、岩田先生と須田先生が顧問を務める部活動(電子技術研究部)でしか扱っていなかったプログラミング教育用レゴ(レゴマインドストームEV3)を中学の技術科、高校の情報科で導入する予定だ。
大切なのは
自分自身が楽しむ姿を見せること
岩田先生が技術の授業で情報教育やプログラミング教育に力を入れるようになったのは、5年ほど前のこと。顧問を務める電子技術研究部が自律型ロボットの大会WRO(World Robot Olympic)Japanに出場するようになり、理工系大学の附属校として、授業でプログラミングを扱う必然性を考えるようになった。
「今はIoT(Internet of Things)の時代で、iPhoneのようなイノベーティブなものから電子レンジや洗濯機といった家電まで、身のまわりの多くのものにプログラミング技術が使われています。アイデアをかたちにするためのスキルとして、中学生のうちからプログラミングの基礎を学ぶことは、生徒の将来にとって非常に有益なことです。大学や大学院では興味のあることについて思う存分研究ができるでしょうし、専門性の高いスキルと知識を持った人材は、企業にも求められるでしょう」
生徒の将来を想い、始めたプログラミング教育だったが、当初は試行錯誤の連続だった。1年次の動機付けを重視した中学3年間の流れができたのは、ここ3年ほどのことだ。現在では、何のためにプログラミングが必要なのか、社会にどう役立つのか、という大きな視点を常に意識していると、岩田先生は言う。
「プログラミング言語を学び、パソコンに向かってコードを打ち込む、というのはプログラミング教育の一端でしかありません。2020年には小学校でプログラミング教育が必修化されますが、大切なのはプログラミングが社会とどうつながっているのかを学ぶことではないでしょうか」
社会とのつながりを学ぶ一つの機会として、同校では大坪隆明校長がイニシアチブを取り、全教科においてその教科と科学技術との関わりを学ぶ「ショートテクノロジーアワー」を設けている。いまやテクノロジーは文系・理系関わらずあらゆる分野で必要不可欠だということを、生徒たちは身をもって感じているようだ。また、国家資格である「ITパスポート試験(ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験)」や情報系の国際検定に挑戦する生徒も多く、なかには中学1年の時の技術の授業に感化され中学2年生で「ITパスポート試験」に合格した生徒もいるなど、チャレンジ精神も旺盛だ。
「学校教育の現場において情報教育のハードルを上げているのは、教えなくてはいけない、というプレッシャーではないでしょうか。知識を一方的に教えることではなく、生徒をやる気にさせ、生徒の主体性を伸ばすことこそが、教師の役割だと私は思っています。生徒たちは、上から目線でやれと言ってもやりません。生徒の興味を引き出すためには、演じてでも自分自身が楽しむ姿を見せることが大切です。私も授業では、ロケット制御装置の開発秘話などを“本当にすごいよな”といきいきと語るよう意識しています。こどもは、おもしろいと思ったことや好きなことにはとことんのめりこみます。そして、興味・関心の源は“すごい!”と心が動くことなのです。家庭でも同じだと思います。親が楽しんでいる姿は、こどもにとって一番刺激になります。自分もその世界をのぞいてみたいと、自ずと好奇心や意欲を持ちます。“やってみたら?”では、こどもの心は動きませんから」
130名以上もの部員がいる電子技術研究部は、WRO Japanをはじめ各種大会に出場し、優秀な成績を収めている。岩田先生が企画する、部員が教える小学生向けの『LEGO EV3 Workshop』大人気だ。使用しているのは、レゴマインドストームEV3。今年の9月18日に開催された、自律型ロボットによる国際的なロボットコンテスト、WRO Japanにおいて、レギュラーカテゴリー(エキスパート競技 プレゼン部門)で全国3位に入賞。
生徒をやる気にさせることに重きを置き、授業の数倍の時間をその準備に充てているという岩田先生。先生が授業で伝えているのは、ものづくりや科学技術の醍醐味であり未来につながる大きなビジョンであり、その手段であるプログラミングの知識やスキルは副産物に過ぎないのかもしれない。

岩田 亮

芝浦工業大学中学高等学校 技術科教諭。現在、中学3年生の担任。日々のクラス指導、教科指導、部活指導(最近では、顧問として世界的なレゴの大会であるWRO Japan全国大会2014、2015、2016の出場に導く)をこなす一方で、研究活動にも精力的に取り組んでいる。主な研究テーマは、科学教育(LEGO)と技術科教育(倫理観を育む)。平成25年から平成27年の3年間にわたり行ったプログラミング教育に関する研究が認められ、平成27年度東京都私学財団賞を受賞。平成28年度日本学術振興会科学研究費助成事業(奨励研究)において「高校生と中学生による小学生のためのロボット科学教室の設計と実践」が採択。所属学会は、日本工学教育協会、日本機械学会。

文/笹原風花 撮影/石河正武