2018.12.5

こどもの可能性を拡げる情報

イノベーションを生む人材を育てる

「次世代育成オフィス(ONG)」とは?

国内最大規模の大学附置研究所であり、1,000名以上が教育研究活動を行う東京大学生産技術研究所。ここでは工学分野全般にわたる研究を展開する一方で、2011年、産学連携でイノベーションを生み出す人材育成を目指す『次世代育成オフィスONG(Office for the Next Generation)』を設立。ONGの活動内容や設立の経緯、今後の展望などについて、東京大学生産技術研究所教授で次世代育成オフィス室長の大島まり教授、同じく生産技術研究所の北澤大輔教授と川越至桜准教授にお話をうかがった。

東日本大震災が
ONG設立のきっかけに
現在、ONGは5人のメンバーが中心となって活動しているが、その前身となるボランティア組織『SNG(Scientists for the Next Generation)』が発足したのは、1997年のこと。SNGは生産技術研究所の教職員や学生が、中高校生を対象に科学技術の楽しさを伝え、科学技術への興味・関心を高めるべく出張授業やキャンパス公開での見学ツアーなどを行っている組織だ。さらに2005年には、研究所内の教員が『知の社会浸透ユニット KDU(Knowledge Dissemination Unit)』を結成し、それまで研究所の研究者が個別に行っていた活動を統括し、その知見を共有してより効果的な活動を目指すようになった。
そして2011年3月11日、東日本大震災が発生したことで、これらの組織はさらなる転機を迎える。
「震災時の原発事故によって、科学技術の安全性や社会とのつながりに関する問題が噴出し、私たちも科学技術の楽しさだけでなく、科学技術の社会的な意義や役割を次世代に伝えていく必要があると実感しました。さらに、教育は一過性のものではなく、子どもたちの成長過程に応じて継続的、組織的に行うことが重要です。そこで2011年6月に次世代育成オフィス(ONG)を設立。SNG、KDUと協働して活動を進めています」(川越准教授)
出張授業やワークショップ、
教材開発を通して人材育成に貢献
ONGでは現在、主に次のような活動を行っている。
  • 東京大学駒場リサーチキャンパス公開、出張授業、研究室見学会
  • 産学連携による科学技術教室やワークショップの開催
  • 教材の開発と貸出
  • アウトリーチ、研究活動
日本各地の学校に赴く出張授業では、生産技術研究所の教員、約120名が交代で登壇。物理、海洋、機械、情報、建築、宇宙など、多分野にわたって授業を行う。出張授業、キャンパス公開は学校単位で申し込むが、ワークショップ等のイベントは個人での申し込みが可能。
「実際に研究者や技術者、企業の方々がface to faceで教える授業には、回数や人数に限界があります。そこで、出張授業やワークショップを教材にし、一過性ものを継続的に、広く活用できるようにしています。また、ワークショップは基本的に科学技術に興味がある子どもたちが集まりますが、さまざまな学校に教材を使っていただくことで、より多くの中高生がONGの授業を体験でき、科学技術に興味・関心をもつ機会を提供できると考えています」(大島教授)
金属教材
車輪教材
産業界と連携して
科目を横断する教育を行う
2020年から、小学校から順に導入される次期学習指導要領では、「社会に開かれた教育課程」の実現を掲げ、新しい時代に必要となる資質や能力を、主体的・対話的(アクティブ・ラーニング)な視点で学ぶことが求められることもあり、最近の学校は、国語や数学といった教科を超えた横断的な授業を目指している。しかし、まだまだ試行錯誤する教員も多いのが現状だ。
「例えば小学校で工場見学に行く場合、それはあくまで社会科見学であって、見学する内容が理科や算数・数学など他教科につながっていることは、ほとんど意識されていません。しかし、今後はさまざまな物事を横断的に俯瞰し、そこから新しい価値をどう生み出すか、それによって社会をどうデザインするか、という視点が求められます。ONGは、多様な教科が横断的につながるプログラムを念頭におくと同時に、こどもたちが学んだことが自分たちの生活とどうつながっているかを考えられるよう、授業や教材をつくっています」(川越准教授)
こうした取り組みは産学連携だからこそ可能になると、大島教授は言う。
「例えば、東京メトロさんと連携して行ったワークショップでは、実際に地下鉄の車輪を見ながら、車輪がカーブを曲がる仕組みを学びます。その内容は物理や数学をはじめ、技術家庭や現代社会、政治経済にまでおよび、さまざまな観点から物事を考えることができます。また、今まではただ知識をもっていればよかったのですが、これからは知識をどう使っていくかが問われる時代に。2020年に向けて学校教育は大転換を迎えますが、私たちの活動を参考にし、学校教育の課程に取り込んでいただければと思っています」
ちなみに、こうした取り組みは企業側にも大きなメリットが。中高生に向けた授業を行うことで、社員は生徒たちから刺激を受け、自分たちの仕事のすばらしさを再認識する意識向上の場になっているという。
血液の流れ、船、宇宙……
多岐にわたる出張授業
年々人気が高まり、多くの学校から依頼があるという出張授業だが、生産技術研究所の教員120名がそれぞれの専門を生かしたテーマで授業を行っているという。具体的にはどのような内容なのだろうか。
「私の専門は機械工学です。機械というと、多くの人は部品などを組み立ててつくるものを思い描きますが、現在はどんどん変化し、私も今は血液の流れと病気の関係などを研究しています。機械工学が血液の流れに応用されるなど、新しい技術を取り込むことで物理や機械工学が分野を横断して進化し、今なお進化は続いている。こうした現状を伝えたうえで、中高生に『20年後、キミたちはどんな仕事をしているか考えてみて?』とキャリア教育につながる問いかけをします。そうすることで、受験のことで頭がいっぱいの生徒たちに、今、自分が学んでいることと、日々変化する世の中のこと、そして自分の将来を結びつける機会を設けています」(大島教授)
また、船の専門家である北澤教授は、船をテーマに授業を行う。
「日本は輸出・輸入において、99%以上の物を船で運んでいます。中高生はその事実を知らないうえ、実際に船を見る機会がほとんどない。そこで、船の大きさや運ぶ物の重さ、運航、港に停泊する時間、船が海に浮かぶ原理など、多様な教科を横断する内容を生徒たちに質問しながら説明し、私たちの生活にどう役立っているかを伝えます。また、以前は小学校で海洋エネルギーの話をした後、『海洋エネルギーを使った町づくり』をテーマに絵を描いてもらったのですが、そこには実に豊かな発想があり、まさに将来、イノベーションを起こせそうだと感じました」
そして、川越准教授は基礎物理、宇宙物理が専門。
「中高で習う物理は、400年前に確立したもの。大学で100年前、修士課程や博士課程で、ようやく50~10年前の物理を学べるのです。こうした事実を伝えることで、昔の人が積み上げたものをきちんと学ぶことの大切や、今すぐ人の役に立たないものでも、将来どう世の中で使われるかわからないことを生徒に理解してもらいます。例えば、アインシュタインの相対性理論がなければGPSはできませんでした。また、人間の体の多くは、星が死ぬときの爆発で飛び散った星屑(元素)でできていることを説明することで、一見、遠く離れているものも自分とつながりがあると認識を改めることができます。そうすると、『数学が将来、何の役に立つの?』という考えから、『数学も自分の身の周りとつながっている』、と横断的な視点に変わります」
こうした出張授業やワークショップを経験した中高生のなかには、そこで学んだことが将来の仕事につながった生徒も。その一方で、女子中高生の親の中には、本人が科学技術に興味をもっているにもかかわらず、理工系大学への進学に難色を示す傾向があるという。
「理工系を勉強しても『就職が難しいだろう』『仕事が忙しすぎてプライベートがおろそかになるのでは』と心配する親御さんが多いんです。そのため、今後は、女子大生や大学OGの話を通して、理工系の大学に対する理解を深めていきたいです」と、北澤教授は話す。
幅広い視点を培うため
家庭で心がけたいことは?
最後に、学校で学んだことと身の周りの物事とのつながりを意識し、幅広く横断的な視点を養うために家庭でできることをうかがった。
「こどもはあらゆることに疑問をもつもの。親御さんは家事や仕事が忙しくて大変ですが、わからないことは一緒に調べるなど、親も子も疑問をブラックボックスのままにしない意識をもつことが大切です。また、大人が楽しそうにしていると、こどもも楽しいと感じるもの。親が楽しそうに調べものをすることで、こどもも自ら調べる姿勢を身につけていきます。親も常に探究心をもっていたいですね」(川越准教授)

次世代育成オフィス(ONG)

産業界と連携しつつ、次世代を担うイノベーティブな人材を育成するため、新たな教育やアウトリーチ活動のかたちを創出することを目的に、2011年6月に設立。工学や最先端技術の魅力をはじめ、社会と科学技術の結びつきを伝えるべく、中学生・高校生を対象にワークショップや出張授業、教材開発などを行っている。

文/藪智子 撮影/ヤマグチイッキ