2017.9.20

こどもの可能性を拡げる情報

中学卒業後は進学それとも職業訓練?

世界の学び/スイスのデュアルシステムとは

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世界の教育情報第15回目はスイスからのレポートです。スイスでは、中学卒業と同時に3人に2人が職業教育の道に進みます。この職業教育は、有能な人材を育成する教育システムとして、スイス社会で広く支持されており、中学校では生徒たちがそれぞれの能力や技能にあった進路をみつけることが最も重視されています。生徒の持つ能力を尊重し、単に成績をあげたり、進学率を伸ばしたりすることに重点を置かないのは、スイスの学校全般にみられる特徴でもあります。このため、学校では生徒たちの年齢に関係なく、それぞれの成熟度や能力に合ったクラスで学んでいきます。スイスのユニークな職業教育とそれを支える学校教育についてレポートします。

中卒ではじまる
職業教育訓練課程とは
スイスでは日本の小・中学校に当たる9年間の義務教育を終えた後、日本の高校に相当する普通学校に進学する生徒はむしろ少数派で、大多数の生徒は職業教育をはじめます。この際、日本の高専のような全日制の学校の形はむしろ少なく、圧倒的に多いのは、週の3〜4日を企業で働き、1〜2日は職業学校に通うという職業訓練の形です。実技と理論を並行して学ぶことを目的とした、この独特の職業訓練の形は「デュアルシステム(Dual Education)」と呼ばれています。スイス政府は、「教育=優秀な人材を育てる」ことが国にとって重要だと位置づけており、官学民が一体となってこの「デュアルシステム」を支えています。
職業訓練で学べる職種はサービス産業から技術専門職まで全部で250種類もあるため、その中から自分に適したものを探しだし、最終的に(お給料ももらい)働かせてもらう企業をみつけることは、普通の中学性にとって決して簡単なことではありません。スイスには外国人も多いため、親自身がスイスの職業教育についてほとんど知らず、戸惑うという話もよく聞きます。
このため中学校では生徒が2年生になると、職業教育への理解を深めるための細かな支援が始まります。まず職業教育を知るための授業や個別相談、共通適正能力検査を生徒全員に受けさせ、こども自身が、自分の適正や能力を把握できるようにします。また、職業メッセ(さまざまな職業を紹介する展示会)や職業センターを見学し、職業体験を斡旋する場合もありますし、職業体験そのために生徒が学校を休むことも認めます。
こうした過程を通し、生徒たちは職業訓練か進学か、また職業訓練ならどの職業にするかを絞り込んでいきます。職業訓練志望者は、中学3年になると、 企業への応募をはじめ、内定を受けるまで受け入れ先を探します。訓練期間は3〜4年で、最後に企業と職業学校両方で行われる修了試験に合格すると、スイス全国で共通する職業資格が与えられます。
中卒から専門的な職業訓練に入ると聞くと、つぶしがきかないのでは、とか、後々やりたいことが変わったらどうするのか、といった疑問を持たれる方も多いのではないかと思います。確かにスイスでもそのような声もありますが、スイスの職業教育は、職業学校間はもちろんのこと、高等教育機関とも連携した柔軟性の高い体系になっており、ステップアップや進路変更がしやすくなっています。「職業訓練は最初の職業教育段階であって、最後ではない」とよく言われ、職業訓練を続け、キャリアアップすることが、国からも推奨されています。
例えば、職業訓練修了後からでも大学進学がしやすいよう独自の大学入学資格制度があり、職業訓練を受けた人の2割が入学資格を取得しています。ただし、大学のほかにも、より専門性の高い職業教育課程があり、社会的にも高く認知されているため、大学進学へのこだわりは、さほど強くありません。職業スキルを更に磨くため、より専門性の高い教育課程に進む場合は、それまでに取得した訓練資格によって期間を短くすることもできます。
留年は珍しくない
学校の教育風景
スイスの社会広範にみられる職業教育を重視する姿勢は、普通学校の教育全般の在り方にも反映されています。全ての生徒にとって、自身の能力や興味に沿って進路をみつけることが最終的な課題となるため、やみくもに成績をあげることや、進学率をあげることは学校の目標になっていません。それどころか、「塾などへ通って成績をあげるのは、自分本来の実力ではなく、一時的な「教育ドーピング」に過ぎず、行きたくもない高校に親の希望で進学させられることは、こどもにとって百害あって一利なしだ」という意見がよく聞かれます。
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学校の教育現場で重視されているのは、生徒に無理をさせず、それぞれの能力や成熟度に見合った場所で学ばせることです。このため、日本ではほとんどみられない光景が日常茶飯事です。例えば、小学校であっても授業についていけないと判断された生徒が下の学年に移ったり、同じ学年をもう1年繰り返すことがよくあります。
また、年長の幼稚園児が、就学に見合う集中力や成熟度に達していないと判断されて就学が延期され、幼稚園や就学準備学校にもう1年通うことも頻繁にみられます。中学校のクラスはもともと成績で三つのレベルに分けられていますが、学期途中であっても成績によってクラス間移動があり、つねに自身のレベルにあったクラスで学べるようになっています。
学年の重複やクラス変更は、もちろん本人にとって気持ちのいいものではないかもしれませんが、意外にさっぱりと受け入れられているという印象です。レベルの合わないクラスにいるより適切なクラスにいる方がよく学べる、という割り切った考え方が広く浸透していることもありますが、学年を重複したりクラス変更をする生徒が馴染みやすい環境であることも大きいと思います。というのも、どのクラスにもたいてい数人、学年の重複やクラス変更を経験した生徒がおり、また語学学級を受講した後普通クラスに転入する外国人生徒も多く、クラスメートの年齢や背景がばらばらであることが一般的だからです。そもそも、同じラインに並び、いっせいに競争しているという感覚自体がスイスの学校にはあまりないので、「違い」が、あまり目立たないのかもしれません。
スイスでも理科離れが深刻?
これからの課題
スイスではこれまで職業訓練修了者が労働力市場に柔軟に対応してきたおかげで、ほかのヨーロッパ諸国よりも失業率が低く抑えられてきた、という見方が近年広がっており、スイスのデュアルシステムも世界的に注目されるようになってきました。しかしそんなスイスにももちろん問題がないわけではありません。世界トップクラスのイノベーション大国であるスイスにおいてもこどもたちの理科離れが深刻で、数学、情報処理、自然科学、技術分野においては2020年には7万5千人の労働力不足になると予想されています。これは830万人足らずの小国スイスでは非常に大きな数字です。
このためこの10年ほどの間に、幅広く理科好きを増やすため、近年欧米をはじめ各国で注目されているMINT(科学・技術)教育にも積極的に取り組んでいます。学校だけではなく、大学、図書館、博物館など多様な施設で、様々な年齢のこどもを対象にした工学・科学関連のワークショップや特別授業がさかんに開催されるようになってきています。
こどもたちにとって、この「デュアルシステム」は、成績という一つのものさしだけで優劣を測ることもなく、人と比べることなく、自分の得意なこと、好きな事を伸ばすことができる、とても幸せなシステムだと感じます。社会に出てから本当に必要とされる力はなんなのか、しいては、国を支えていくような優秀な人材を育てるためにどんな教育が必要なのか、その好例がスイスの職業教育ではないかと思います。

ハプティック

グローバルママ研究所リサーチャー。おもちゃ館(スイスの遊具レンタル施設)館員。 2006年からスイス、ヴィンタートゥア在住。現在、仕事とボランティアと子育てを組み合わせたモジュール型ワーキングを実践中。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。