2017.4.20

こどもの可能性を拡げる情報

自己探求だけではキャリア教育は進まない

「カタリ場」からわかる高校生が抱える課題

近年、小・中学校では、進路や職業について考えるための施策が盛んに行われている。こうしたキャリア教育の授業は、「自分の好きなことがわかれば、将来やりたいことが見えてくる」といった共通認識で進められるケースが少なくない。しかし、NPO法人カタリバの『カタリ場』というプログラムで高校生を対象としたキャリア教育に取り組むシニアマネージャーの山﨑菜々美さんは、「夢や目標を見つけることはもちろん大切です。でも、将来の希望を思い描くには、安心して自己開示できる環境が必要ではないでしょうか」と指摘する。こどもが将来のビジョンを描くうえで、なぜ安心感がキーになるのか。保護者はどんなサポートができるのか。山﨑さんにお話を伺った。

将来を考えるきっかけを
高校生に届ける
カタリバは、高校生にキャリア学習プログラム『カタリ場』を届けることを目的として2001年に活動をスタートした。2011年の東日本大震災以降は、宮城県や熊本県など震災の被害が大きかった地域で子どもたちのための放課後学習施設を運営するなど、活動領域を拡げている。
設立以来続ける『カタリ場』プログラムでは、全国の高校からのオーダーを受けてカタリバの職員とボランティアスタッフが出向き、高校生と対話をするスタイルで授業を行う。これまでに1300校超で導入され、累計で22万人の生徒が授業を受けている。小・中学生や大学生ではなく高校生を対象とした理由について、カタリ場事業部のシニアマネージャーを務める山﨑菜々美さんは次のように語る。
「高校時代は、大学や専門学校で将来につながる学びを始めたり、社会に出て働き始めたりする直前の期間。そのためこの時期は、進路決定に向けて『自分はどんな人間で、何に興味があるのか』『どう生きていきたいか』をじっくり考えることが求められます。自分の興味・関心を見つめ、さまざまなロールモデルに触れることが、納得のいく選択の手助けになります。そこで私たちは、大人になる一歩手前の高校生たちに将来を考えるきっかけを届けたいと考えて、『カタリ場』の授業を届け始めました」
『カタリ場』の進行を主に担うのは、「キャスト」と呼ばれるボランティアスタッフだ。大学生・専門学校生・若手社会人を中心に構成されている。カタリバの職員ではなくキャストが授業を担当するのは、高校生に本音を語ってもらうためだと山﨑さんはいう。
「高校生にとっての人間関係で中心になるのは、「タテの関係」にある保護者や先生などの大人と、「ヨコの関係」となる同じ学校に通う友人です。どちらも大切な関係ですが、思春期には親や先生に話せないことが増えますし、友達とは『進路について真剣な話がしにくい』という面もあります。一方、自分より少し年上で初対面のキャストだと、保護者や先生、友達と違って直接の利害関係がなく、「ナナメの関係」となって本音の対話がしやすくなります。また、『この人も高校時代はいろいろあったけど、悩みを乗り越えて今はキラキラした大学生活を送っているんだ』ということでロールモデルになりやすく、高校生にとって刺激になります」
『カタリ場』の授業は、高校の体育館で行われる。キャストが紙芝居をしながら自分の高校時代の悩みを熱く語ったり、5~6人のグループごとにキャスト1名がつき、座談会形式で話して高校生の本音を引き出したり……という流れで授業が進行していく。
高校生は、キャストと話しながら「実は環境問題に興味があるのかも」「自分って人の役に立ちたいと思っていたんだ」などと自分の新たな一面に気づく。そして自己理解を深めることで意欲を高め、進路や将来に目を向け始める。
授業前後に生徒に行ったアンケートでは、「高校生活の過ごし方を変えようと思った」「カタリ場で決めた行動目標を実行したい」という声が、全体の8~9割を占める。
本音を吐き出さなければ
将来を思い描けない
ただし、『カタリ場』の目的は「進路に目を向けさせること」だけではない。山﨑さんは、「私自身も大学時代にボランティアスタッフとして『カタリ場』の授業を担ってきたので、足かけ10年ほど高校生と接してきています。その中でも、特にこの5年間で『カタリ場』の役割が変わってきたのを実感しています」と話す。
「高校の先生方から授業のご依頼をいただくときに、『進路のアドバイスよりも、生徒の話を聞いてあげてほしい』『ホッとできる空間をつくってほしい』というオーダーが増えています。その背景には、家族や友人関係で緊張を強いられるシーンが増えている、という事情があります」
例えば友人関係では、大きな影響を及ぼしているのがSNSの存在だという。LINEやTwitterなどで交流する機会は増えているが、本音ではなく周りに同調する発言が求められる。家族関係においても、「勉強や部活で結果を出さなければ親に評価してもらえない」と思い込んで悩みを抱える生徒は多い。
そのため、大学生がいじめに苦しんだ経験や家族の問題などを熱く語り始めると、「私も同じことで悩んでいる」と泣き始める生徒が後を絶たないそうだ。また授業後のアンケートでは、「こんなに本音を話してもいいのか、と気持ちが楽になった」という声が目立つという。
「私たちはカタリバ設立当初から、将来を考えるきっかけを高校生につかんでほしいと考え、高校生と“ナナメの関係の先輩”が語れる場を提供してきました。ですが近年は、抱える悩みが深刻で、他者や自分に対する信頼感も低い。進路を考えるどころではないな、と感じる場面が増えています。一見、自己開示しているようにみえても、実は空気を読みながら発言する子も多く、本音を話してくれるまでには時間がかかりますね。だからこそ、スタッフたちは高校生一人ひとりに対して『何を話しても大丈夫だよ』という気持ちで接し、私たちがまず自己開示をすることで、安心感を持ってもらうことを心がけています。そのうえで、将来に目を向け始めてくれれば、と願っています」
実際に、『カタリ場』で自分の本心と向き合い、夢への第一歩を踏み出す高校生は多い。例えばある女子生徒は、病気の家族がいることから大学進学をあきらめていた。しかし、大学生と話すうちに「進学したい」という自分の思いが驚くほど強いことに気づいたという。そして、夢をかなえる方法はないかと模索を始め、特別奨学金が支給される大学の情報を自分で探して受験を決めたそうだ。『カタリ場』という機会を得たことで、未来の扉に自ら手をかけることができたのだ。
保護者自身が楽しく生きる姿を
見せることもキャリア教育になる
『カタリ場』の授業からわかるのは、「こどもが生き生きと将来を思い描くには、土台として自己肯定感や安心感が欠かせない」という事実だ。そのために、保護者はどのようなサポートができるのだろうか。 「基本的には、『あなたはそのままで価値がある』という気持ちでこどもに接し、存在そのものが何よりも大事なんだと言葉で伝えることこそが大切ではないかと思います。ただ、今まで接してきた高校生のことを思い出すと、保護者の方がこどものため、という気持ちを押し出し過ぎると、本人にとってはその期待に答えなければ、と重荷となりがちです。保護者の伝えたい内容と、聞き手の理解には常に齟齬があることを前提としたコミュニケー ションが必要となります。だからこそ、無理に『いい保護者になろう』と考えすぎず、まずは保護者自身が人生を楽しんでいる姿を見せるのも一つの手かもしれません。結果的にそうした姿勢が、こどもによい影響を与えるのではないかと思います」
また進路選択の場面などで、「私は○○を選んで失敗したから、あなたは■■をしなさい」と、こどもに安全な道を促すことはどうだろうか。
「失敗は苦い経験にもなりますが、そこからしか学べないこともたくさんあります。私が見てきたある高校生は、夢の為に勉強をしようと部活を辞めたものの、どうしても部活をやりたい自分の本音に気付き、両立することを選びました。受験の結果、今年は第一志望大に合格できませんでしたが、『うまくいかないこともあったけれど本音を大切にして、部活を続けてよかった、今までの選択に後悔はしていません』と納得して、力強く再挑戦を決めました。失敗してもその道も自分で正解に出来るよ、と信頼して見守ることで、お子さんは安心していろいろなチャレンジができるのではないでしょうか」
早くから進路に目を向け、目指す職業や学問に向けて歩み始めることはとても大切だ。けれど、こどもが自己肯定感を持っていなければ、前向きな選択は難しい。だからこそ家庭では、こどもを信じてゆったりと見守ることも考えていきたい。

認定特定非営利活動(NPO)法人カタリバ

高校生にキャリア教育を届ける団体として2001年に誕生し、2006年よりNPO法人に。全国の高校で展開するキャリア学習プログラム「カタリ場」授業のほか、東北や熊本など被災地のこどもたちに学習支援と心のケアを行う「コラボ・スクール」などの事業を展開。「どんな環境に育っても『未来は創り出せる』と信じられる社会」を目指して活動を続けている。

文/横堀夏代 撮影/石河正武