2016.8.25

こどもの可能性を拡げる情報

前編)プログラミング教育必修でどう変わる

教育×デジタルテクノロジーの最前線を知る

2020年、小学校でプログラミング教育が必修化される。しかし、ある調査(※)によると、保護者の36%が「知らない」、47.5%が「聞いたことはあるがよくわからない」と回答しており、保護者の間では理解が進んでいないことがわかる。そこで今回は、プログラミング教育とは何か、どのような効果・意義があるのか、最先端の教育現場はどうなっているのかについて、2回にわたって取材した。前編では、テクノロジーを活用した教育イノベーション、EdTech分野の第一人者であるデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授に「教育×デジタルテクノロジー」の最前線を伺った。※デジタルアーツ株式会社の調査より。

公教育で行うべき
“プログラミング教育”とは?
「“プログラミング教育”というネーミングが、誤解を招いている」。佐藤教授は開口一番、こう語る。「一般的に“プログラミング”という言葉からは、プログラミング言語の習得や、コーディングによるコンピューター制御やロボット操作…というような印象を受けてしまう。そのため、小学校でそのような専門的な知識を学ぶことに意味があるとは思えない、すべての人に必要なスキルであるとは思えない、という声が当然上がってくる。しかし、公教育で扱うべきはそのような狭い意味でのプログラミングではなく、もっと大きな観点でのデジタルテクノロジーを活用した問題解決や表現手法である」と、佐藤教授は述べる。
「今のこどもたちに必要なのは、渾沌とした社会、価値観が多様化した答えのない社会を生き抜くための“21世紀型スキル”です。それは何かというと、インストール型・インプット型の学びで習得できる知識やスキルではなく、自ら問題を見つけ出し、創造的な方法で解決する、主体的に学ぶ力です。そのためのツールとして、デジタルテクノロジーの活用が必要不可欠なのです。火やナイフと同様、デジタルテクノロジーは誤った使い方をすれば危険ですが、正しく使えばとても便利で私たちの生活をより豊かにするものです。使い方のルールやマナーを学び、デジタルテクノロジーを活用して問題を解決する手法を身につけることは、21世紀を生きるこどもたちに必須なのです」
この分野において先進的な欧米では、Computing(イギリス)やComputer Science(アメリカ)といった科目名で授業が行われている。例えばアメリカのテキサス州では、小学校低学年でキーボードのブラインドタッチを練習し、高学年ではインターネット検索やPowerPointを使ったプレゼンテーション資料の作成、Googleカレンダーを活用したホームワークの管理などを行い、中高生になると社会人と同等のレベルでデジタルツールを使いこなすという。同州では公立のオンラインスクールもあり、学校に通わず自宅で学ぶホームスクーリングを選択することもできるなど、教育とデジタルテクノロジーとの融合が進んでいる。プログラミングも、これらデジタルテクノロジーを総合的に学ぶことの一環として行われている。佐藤教授はこういう。「プログラミングを学ぶことはとても重要なことです。しかしその前に、欧米のようなデジタルテクノロジーを活用して問題解決や表現手法を学ぶことのほうがもっと重要なのです。」 また、同教授は、私たち大人や学校におけるITリテラシーにも危機感を覚えている。
「テクノロジーの発展やインフラの整備により、私たちの生活は劇的に変化しています。多くの職種にとって、今やパソコンやメールなくして仕事はできないでしょう。一方、教育現場はずっと変わっていません。社会が変わっている以上、教育も変わらなければなりません。しかし、私たち、親や教員、制度設計側に立つ大人たちが、デジタルテクノロジーをどう使えばよいのかがわかっていないからです。デジタルテクノロジーの劇的な普及はここ数十年で、現在は過渡期にあるとも言えます。使い方を間違えると毒にもなる可能性がある以上、及び腰になることもわかります。しかし、危険な面ばかりが強調されることは問題です。諸外国では素晴らしい活用例もでています。これからの時代、デジタルテクノロジーなくして私たちの生活が成り立たなくなるなか、今のままで日本は生き残れるのでしょうか。こどもに教育を選択する術はありません。教育を設計する側である私たち、大人がしっかりと考え、学び、変わっていくべきなのです。学習者であるこどもたちのほうがはるかに先に進んでいます」
テクノロジーはすべての学習者に
効果がある万能薬ではない
では、教育にデジタルテクノロジーを導入することで、学習者にはどのような効果があるのだろうか。佐藤教授は、ボトムアップ(底上げ)とハイエンド(トップを伸ばす)の2つの観点に分けられると言う。
テクノロジーの活用により、経済的・環境的な教育格差、つまり学習機会の格差を解消するのが、ボトムアップ型のケースだ。例えば、無料で学べるオンライン講座MOOC(Massive Open Online Course)を活用し、自国では満足な教育が受けられなかったモンゴル在住の16歳の少年がMIT(マサチューセッツ工科大学)に入学したというのは、この好例だ。その他、教育に特化したクラウドファンディング(インターネット経由で事業やアイデアへの資金を集める仕組み)や、ビッグデータを活用したアダプティブラーニング(個々の学習者に最適な課題を提供するシステム)など、アメリカを中心に世界では続々と新しい取り組みが誕生している。
一方、テクノロジーの力を借りて意欲・能力のある生徒をさらに伸ばしていく、というのがハイエンド型だ。例えば、2014年に開校したアメリカ発のオンライン大学Minerva。4年間で世界7カ国に滞在しながら学ぶカリキュラムになっており、授業は学生同士のオンライン・ディスカッションが中心で、いわゆる座学はない。最新の合格率は1.9%と超難関で、今や世界トップクラスの学生が集う学びの場となっている。
上記は先進的な例だが、身近な教育現場でも同じことが言える。つまり、能力や意欲の低い層を引き上げ、高い層をさらに伸ばす、という効果だ。しかし一方で、佐藤教授は「テクノロジーは万能薬ではない」とも言う。デジタルテクノロジーが有効にはたらく層と、そうではない層があるのだ。
「デジタルテクノロジーは、学習意欲が高い層(図のAやB)には非常に有効です。意欲があるこどもたちは、ツールを活用して自ら学びをアレンジし、どんどんと力を伸ばしていきます。
一方、学習意欲が低いこどもたち(図のDやC)は、いくら優れたツールを手にしても、それを有効に活用することはできません。そんなこどもたちの意欲向上には、教師からのはたらきかけが不可欠であり、ディスカッションやプレゼンテーションなどを通して能動的に学ぶアクティブラーニングのような教育学的手法が有効なのです。
また、予習として動画などでコンテンツを学んだうえで授業に臨み、授業時間は学習内容の確認や演習、質問などにあてる反転学習は、学習意欲がある程度なければできませんが、ただ、意欲の高い生徒にとっては物足りないという意味で、中間層に効果的だと言われています。
このように、層によって効力のある薬は違います。今の教育現場では、100年前からの薬を全員に使い続けている状態です。今後は、新しい薬を導入し、生徒に合わせて処方することが求められるのです」
既成概念を取り払い
こどもといっしょにやってみる
では、2020年の小学校でのプログラミング教育の必修化に向け、現場はどのように変わっていくべきなのだろうか。佐藤教授は、「まずは大人が教育はこうあるべきという既成概念を取り払い、興味を持ってこどもといっしょにやってみることが大切」と言う。
「インターネット検索ではなく辞書を引くべき、デジタルファイルよりも紙の資料の方が安全…といった大人が抱きがちな既成概念を疑ってみること、そして実際に使ってみることが大切です。また、公教育でできることには限界があるのではないか、と考えられがちですが、可能性はいろいろとあります。例えば、学年ではなく科目ごとの習熟度別でクラスを分け、各層に合った学習法で学んだり、授業の前半20分は全員で学び、後半20分はデジタルツールを活用した個別学習にあてるなどすれば、よりこどもたち一人ひとりに合った学びが可能になるでしょう」
2020年の小学校での一人一台のタブレット端末配付に先立ち、すでに家庭ではこどもがタブレット端末などに触れる機会も増えているが、佐藤教授はタブレット端末一辺倒の現状を危惧している。タブレットでも簡単な入力や編集作業は可能だ。映像や資料を“見る”という点ではタブレットは便利だが、パソコンと比べると、情報入力の精度やスピード、操作性、編集力などに限界がある。そのため、タブレット端末を使用していては“情報の消費者”にしかならないと言うのだ。現に、海外の教育現場ではパソコンの利用が主流になっている。
そして、家庭においても、頭ごなしに危険なものだと否定したり遠ざけたりするのではなく、親がいっしょに使ってみることが大切だと言う。佐藤教授自身も、この夏休みには、中学2年生の息子とGoogleカレンダーを使って宿題の進行管理をする予定だ。
公教育の場において、どのデバイスをどう取り入れるのか、コンテンツはどうするのか、2020年に向けた課題は山積みだ。もはやテクノロジーから逃げることはできない現代社会において、私たち大人が次世代のためにやるべきことは何かを考えるときが来ているのだろう。

佐藤 昌宏

デジタルハリウッド大学大学院にて「デジタル技術を活用して新しい教育を創る」ことを目的とする「Effective Learning Lab」(佐藤昌宏研究室)を主宰。2004年には、構造改革特区を活用した、日本初の株式会社による専門職大学院デジタルハリウッド大学院の学校設置主要メンバーとして設立に参画する。また、総務省先導的教育システム実証事業プロジェクト・マネジメント・オフィス、プロジェクトマネージャーや数多くのEdTechスタートアップのメンター、各種審査員等を務める。テクノロジーにより教育にイノベーションを起こすムーブメント「EdTech」分野のフロントランナー。

文/笹原風花 撮影/曳野若菜