2017.11.8

WorMo’的ワークスタイル

海外での子連れ赴任を実践

Vol.25 海外現場も育児も諦めないという選択

開発途上国への開発協力を行う独立行政法人 国際協力機構(以下、JICA)。全職員約1800人のうち約400人がアジア・アフリカ・中南米等の開発途上国に赴任し、その中にはこどもを連れて活躍する女性もいるという。現在も、25人ほどの女性職員がこどもを同伴し、世界中の開発途上国の現場で業務にあたっている。
JICAベトナム事務所に勤務する定本ゆとりさんも、そうした“子連れ海外赴任”を行う1人だ。2年前、会社員の夫を日本に残し、当時3歳だった息子を連れてベトナムへの海外赴任を開始。海外、特に開発途上国への赴任が必須となるJICAでの仕事、そして子連れ海外赴任におけるエピソードなどを定本さんにお伺いした。

出産からの大きな転機
子連れでの海外赴任を決意
開発途上国の支援を行いたいという思いでJICAへ入社した定本さん。これまで保健医療分野のプロジェクト事業部や人事部、青年海外協力隊の派遣などの業務に携わってきた。海外赴任については、色々な事情により先送りとなっていた。「海外に行くべき時期はこれまでに何度かありましたが、タイミングが合わず、そのうち30代後半になり、出産年齢のリミットが近づいていました。そして2011年に出産。産休を終えて、ようやく海外で勤務する思いが固まりました」
そうした気持ちになった理由には、出産という大きなライフイベントを無事やり遂げたこともあったが、同時にJICAで子連れでの海外赴任を行う女性職員が増えたことや、日本で蓄積した業務経験から、「自分でもできそうだ」と思ったことが大きい。
そしてこどもが1歳半の時、出産後初めての海外出張の機会が訪れる。「不安はあったけれど、JICAに勤めている以上、海外出張や赴任は避けては通れない道。いつかはやらなければいけない」と思った定本さんは、手伝ってもらえる家族や友人をフル稼働して万端の準備を整え、アフリカへ9日間の出張へ旅立つ。出張を無事終えて、「こどもや夫は、私が不在でもなんとか乗り越えられる」ことを実感したという。
しかし、海外赴任となると、また話は別だ。
「赴任先での治安やこどもの学校や保育園のこと、そして何より家族と離れて暮らすということなど、短期の出張とは異なり、長期の赴任ではクリアしなければいけない問題がたくさんありました」
定本さんの場合、赴任先が比較的治安のよいベトナムであったため、海外生活での不安はあまりなかったという。しかし、「アフリカ等に赴任する同僚は、治安に加え、医療や衛生面での苦労もあると思います」と話す。
こどもの年齢については、いつが最適の年齢と考えるかは家庭によって異なる。学校のない小さいうちがよいというケースもあれば、逆に、海外生活を見聞させたいので小学生ぐらいになってからと考える家庭もある。定本さんの場合、「ベトナムには、日本の学童のような、夏休みや放課後の時間に預かってもらえる場所がないため、今がベスト」と考えた。
そして、3つめの家族と離れて暮らすことについては、実は定本さんがもっとも悩んだ点だった。
「いくら休みのたびに会えるとはいえ、距離の遠さは決定的です。特に夫はこどものことが大好きで、とてもさびしがることがわかっていたので、二人を引き離してもよいのか、大変迷いました」。それでも、最終的には仕事に理解のある夫が「こどもにも良い経験になるし、行くなら今が一番いいのでは」と快く送り出してくれたことで、定本さんはついに子連れでの海外赴任を決意した。
定本さんの場合は、母子での海外赴任となったが、JICAでは配偶者である夫がついていくケースや、祖父母がついていくケースもあるという。
自分の時間がないワンオペ育児の苦労は
周囲と協力してストレスを減らす
ハノイに赴任した定本さんは、まず、郊外にあるレジデンスに住居を決めた。中心部からは少し離れているものの、空気がきれいで安全に遊べる広い場所があり、幼稚園の送り迎えのバスがある、という、子育てに向いた環境だった。
定本さんの朝は早い。4時~4時半に起床し、こどもを起こすまでが、わずかな自分の時間となる。幼稚園の帰宅後から定本さんが自宅に帰るまではメイドさんに育児をまかせているが、ワンオペ育児の負担は大きい。
「私の勤務時間は8時半から17時までです。ベトナムでは住み込みのメイドさんは一般的ではなく、メイドさんにも家庭がありますので、契約は18時半までです。18時までには仕事を終わらせなければいけないのですが、どうしても仕事が溜まってしまうんですよね。効率化の努力を重ねていますが、それだけではとても追いつかなくて・・・」
さらに、日々刻々と変化する現場の状況に的確に対応する必要があるため、時間外や週末にも業務連絡や相談への対応を行う場合もある。
「ベトナムに来てワンオペ育児で痛感したことは、未消化の業務が増え、周囲にも迷惑をかけてしまい、ストレスが溜まること、運動不足、そして自分の時間がほとんどもてないことです。日本では夫がいましたので、お互いに交代である程度プライベート時間を確保しつつ、仕事と育児を両立させることができました。でも、海外では自分だけの時間がもてるのは、朝のわずかな間だけ。母子ともにとても健康なので大変ありがたいのですが、自分の好きなことがほとんどできないのは精神的にきついですね」
ママ同士で助け合い
学校を活用して時間づくり
そうした中で、定本さんはストレスを無理なく減らせるよう、いくつかの取り組みをはじめた。ひとつは、同じベトナム事務所に所属する同僚との協力体制だ。ベトナム赴任当時、単身のワーキングマザーは定本さん1人だったが、今年からは同じく子連れ赴任の同僚がベトナム事務所にやってきた。住んでいるレジデンスも同じということで、出張や、たまの会食等の時は交代でこどもたちの面倒を見ることが出来るようになった。また、休みの日はこどもを通じて知り合った家族と積極的に遊ぶ。こども同士で楽しく遊ばせている間、母たちは、子育ての面白さや悩みの共有、ハノイ生活に関する情報交換など、気のおけないおしゃべりを楽しむ。同僚との間で企画される旅行にもできる限り参加する。旅行はもっとも気分転換になるだけでなく、面倒見の良い後輩たちが、子どもをかわいがって遊んでくれるので大変ありがたい。
さらに、幼稚園の後、自宅からすぐの英語スクールに週2回通わせており、19時半にお迎えに行き、一緒に帰宅する。こどもは「母のお迎え」が大好きであり、母は普段より1時間長く働くことができ、この2日間はメイドさんに残業をさせずに済む。急ぎの仕事がない時には、つかの間のフリータイムが持てる。もちろん、メリットは隙間時間の捻出だけではない。「英語スクールは週2回だけですが、先生はいろいろな国籍、生徒はベトナム人のみという環境で2時間過ごします。日本語はまったく通じませんが、こどもは楽しんで通っています。海外赴任のメリットは自分の仕事の達成だけでありません。ベトナム生活を通じて、世界にはいろいろな人がいるということを、こどもに教えられるのは、すばらしいことだと思っています」
先輩ママからのエールを受け
母親視点で改めて仕事を見直す
現在、定本さんはベトナムにおける保健医療分野の事業を担当している。ベトナムの健康保険制度の改善や、新しい病院の建設、そこで働く看護師さんの能力強化や院内感染の防止対策、こどもの成長を支える日本の「母子手帳」をベトナム全土に普及させる取り組みなどだ。また、日本の予防接種ワクチンの製造方法をベトナムに伝え、ベトナムのこども達に役立てるプロジェクトも大切な事業だ。
「母親としてこどもに予防接種をさせるようになり、日本の予防接種の回数や時期の複雑さにびっくりしたのですが、さらにベトナムと日本のシステムの違いも知ることになりました。、開発途上国で確実に予防接種をするための課題も見えたように思います」と、母親の視点を仕事にも生かす。
また、日本とベトナムが共同でハノイに設立した日越大学のプロジェクト管理も定本さんの業務のひとつだ。日越大学は、日本の高水準の教育や文化、働く姿勢などを広く学ぶことで、日本とベトナムを結ぶ人材が育成されることを目指し、2016年に設立された。JICAは日本の各大学と協力して日越大学へ専門家を派遣している。要人の訪問も多く、定本さんはその対応に追われることもしばしば。時間外の業務は、同僚の理解と協力のもと、なんとかやりくりしている。
仕事に子育てにと毎日忙しく働く定本さんの行動の原動力になっているのは、同じように子連れ海外赴任を実現させてきた同僚からの励ましや、あとに続く後輩からの期待だ。「国際協力という業務のため、海外で経験を積むことは非常に大切です。JICAで働く女性は仕事への意欲が高い人が多いので、海外赴任にも果敢に挑戦しています」
育児をこなしながら肩肘を貼らずに自然体で男性とそん色ない仕事をこなしてきた先輩の存在も大きい。
「『働く』ことは特別なことではないし、『働いたから何かができない』といったネガティブな発想ではなく、「何ならできるか」を考えたいと思っています。ベトナム人の母親たちもみな、小さなこどもを抱えながら働いています。今回私は、家族や同僚など周囲のサポートもあり、『海外赴任』という大きなハードルを越えることができました。これからも自分にできる新しいチャレンジをし続けていけたらと思います」
「できない」ではなく、「できる」という前向きな気持ちをもって、周囲を動かし、道を切り開いてきた定本さん。次なる挑戦についても、笑顔で抱負を語ってくれた。

定本さんの ある1日


4:30 起床、洗濯、自分の時間(お風呂に入る、メールをチェックする)
6:20 こどもを起こす、こどもと一緒に朝食
7:00~7:10 幼稚園のバスへこどもを送りだす
7:10 出勤
16:00 こどもが幼稚園バスで帰宅
18:30 帰宅
19:00~21: 30 夕食、風呂、こどもと遊ぶ、翌日の支度など
21:30 こども寝かしつけ
22:00 こどもと一緒に就寝

文・撮影/相川いずみ 取材協力/株式会社グローバルステージ