2017.7.19

WorMo’的ワークスタイル

手芸を通じてアイヌ文化をひろめたい

Vol.24 アイヌ刺繍作品をビジネスとして展開

今回登場していただくのは、2017年3月8日に行われた日本ママ起業家大学主催のプレゼンテーション大会「ママ起業家プレゼン mirai2017」でWorMo'サポーター賞(※)を受賞した篠原章子さん。北海道の博物館でアイヌ刺繍に出合った篠原さんは、意匠や技法のすばらしさに感動して猛然と勉強を開始し、アイヌ刺繍入りの小物などを制作・販売する「モレウ工房」を設立した。現在では、自身のホームページやハンドメイドグッズのマーケットサイトで作品を販売している。アイヌ刺繍にたどり着くまでの道のりから今後の展望、自宅で働くワーキングマザーならではの仕事との向き合い方などをお聞きした。※WorMo'サポーター賞とは、WorMo’編集部が選んだプレゼンターに対して贈られる賞。

衝撃的だった
アイヌ刺繍との出合い
「こんなにすばらしい民芸が、知る人ぞ知る存在でしかないなんて納得できない。自分が架け橋になって、もっともっとたくさんの人によさを伝えなければ」
アイヌ刺繍を初めて目にした瞬間、篠原さんは強い使命感を感じたという。実家が北海道という篠原さんは、3年前に家族旅行でたまたま白老町のアイヌ民族博物館を訪れた。そこでアイヌの人々の踊りを観たとき、踊り手の着る衣装に施されていたアイヌ刺繍に、文字通り魅せられてしまったのだ。北海道出身でありながらこれほどの芸術が身近にあると知らなかったことに、悔しささえ感じたという。
家族で暮らす東京に戻ってからは、図書館からアイヌの生活を紹介する写真集を何冊も借りてきたり、都内の博物館にアイヌ民族の衣装が展示されていると聞けばすぐに駆けつけたりして、紋様の形や連なり方、色づかいを自分の中にインプットした。アイヌ刺繍に限らず刺繍に取り組んだ経験さえゼロだったが、とにかく「自分でデザインした紋様を布地に落とし込めるようになりたい」という思いから、布を引きつらせながらも一針ずつ紋様を刺していった。熱湯が吹きこぼれるような情熱は、いったいどこからわいてきたのだろうか。
「なぜそこまでアイヌ刺繍にのめり込んだのかは未だにわかりません。ただ、アイヌ刺繍に出合わなかったら、完全に自分を見失っていたでしょうね」
アイヌ刺繍の存在を知るまで、専業主婦だった篠原さんは子育てに苦しんでいた。3人の息子を抱え、一日じゅう育児に追われるストレスフルな毎日。自分の時間をまったく持てず、常にイライラが収まらなかった。
このままではいけない、と無意識に感じた篠原さんは、好きなコトやモノをランダムに書き出して、自分がどんな人間だったかを思い出そうとした。ここで出てきたのが「刺繍の小物や洋服」「民族衣装」といったキーワードだったという。「悩みながら自己分析をしたベースがあったからこそ、北海道で出合ったアイヌ刺繍に強く惹かれたのかもしれない」と篠原さんは当時を振り返る。
「今でもそうなのですが、チェーンステッチ(アイヌ刺繍の紋様を形作る鎖のようなステッチ)をしていると無心になれるんです。当時、息子は1歳、3歳、5歳とそれぞれ手のかかる時期で、『あれもこれもやらなくちゃ』『何回も言い聞かせているのに、どうしてきちんとしてくれないんだろう』と、心はいつも波立っていました。でも、家族が寝ついてから針を動かしているうちに、心が穏やかになり、明日への活力が生まれるのを実感できました。睡眠時間を削ってでも刺繍に取り組もうとしたのは、自分を保つためだったのかもしれません」
誇りをもって続けるために
本格的な事業展開の道を探る
突き動かされるようにアイヌ刺繍を手がけて3か月。作品を目にした友人から誘われ、ハンドメイドグッズの販売イベントに刺繍入りのポーチを出品した。技術もアート性もまだまだだという自覚はあったが、アイヌ刺繍を少しでも多くの人に知ってもらいたくて、他人の目にふれる機会を持つことにしたのだという。
篠原さんの作品はイベントで好評を博し、その直後に「Creema(クリーマ)」をはじめとするハンドメイド作品の販売サイトから次々と声がかかった。ポーチなどの小物だけでなく、「ステージ衣装にアイヌ刺繍を入れてほしい」といったオーダーも寄せられ、仕事としてアイヌ刺繍を手がける生活が始まった。屋号は「モレウ工房」。「モレウ」とはアイヌ語で「渦巻き」を意味する言葉で、水の流れやつむじ風、エネルギーの流れなどの表現としてアイヌ刺繍の図案でよく使われる。「作品を通じて、渦巻きのようにご縁がゆっくり回って拡がっていくようになるといいな」という願いを込めて名づけたそうだ。
注文が増えるにつれて忙しさも増し、子育てのかたわら無我夢中で作品を生み出し続けて2年。2016年の春から三男が幼稚園に通うようになり、やっと一人の時間が持てるようになった篠原さんに、次の転機が訪れようとしていた。
「それまでは、とにかくアイヌ刺繍のすばらしさをたくさんの人に知ってもらいたい一心で、採算度外視で提供してきました。材料費を除いた収入はパート代に届くかどうかでしたが、不満はなかったですね。でも、少し時間の余裕ができたときに、ふと『今の仕事はどこにもつながっていかないんじゃないか』と焦りを感じて。ライフワークとして誇りをもってアイヌ刺繍を続けていくためにも、この仕事をきちんとしたビジネスにする方法はないかと考え始めました。ただ、私は大学卒業後に正社員として就職したことがなく、アルバイトや派遣社員として働いた経験しかありません。ビジネス展開といっても、具体策はまったく見えませんでした」
ちょうどその頃めぐり会ったのが、日本ママ起業家大学の近藤洋子学長だった。篠原さんが所属するママサークルの勉強会に講師として訪れた近藤学長は、篠原さんがたまたま着ていたアイヌ刺繍入りのワンピースに目を留め、「こんなクオリティの高いモノをつくっているのに、趣味の延長で終わらせるのはもったいなくない?」と声をかけてきた。そして篠原さんは、家庭と仕事を両立する起業ノウハウを学べるママ大(日本ママ起業家大学の通称)の存在を知ることになったのだ。まさに感じていた課題を解決できるのではと感じ、篠原さんは2017年1月からママ大へ通い始めた。
顧客の目線を意識したら
作品に込める思いが深まった
ママ大に通い始めたからといって、作品そのものが変化したわけではない。変わったのは篠原さんの目線だった。これまではただ、アイヌ刺繍の認知度を上げたい、というシンプルな思いだけで作品を販売してきた。でも、ママ大の講義で「あなたの作品を買うことでお客さまはどんなメリットを得られるの?」と問いかけられてからは、自分の作品を買ってくれるのはどんな人なのかを意識するようになったという。
顧客と作品の打ち合わせやメールのやりとりをする中で見えてきたのは、「アイヌ刺繍のもつ、よい意味での呪術性に価値を感じている人が少なくない」という事実だった。アイヌ刺繍は本来、魔除けのために施すものと言われてきた。衣装の襟元や袖口に刺繍を入れるのも、開いた部分から悪いものが入ってこないようにするためだそうだ。WEBのマーケットプレイスで提示する商品PRの文章にも、その内容を盛り込んではいた。
「でも、私が考えていた以上に、お客さまは“魔除け”という要素を重視して買ってくださっているとわかってきたのです。お客さまの思いを知ることで、作品に対する姿勢も変わりました。例えばポーチをつくるときにも、『この作品を使う人が、悪いものから守られますように』と思いを込めるようになりました」
本格的なビジネス展開のアイデアはまだこれからだが、意識変革を遂げた篠原さんを応援するかのように、この1年ほどでアイヌ文化への認知度は急速に高まっている。アイヌ民族を主人公にした少年マンガが人気となるなどの背景もあり、アイヌ刺繍に注目する人が増えてきたのだ。追い風に伴って、篠原さんもますます多忙を極めつつある。道具を出したり片づけたりする時間を節約するため、刺繍をする日は刺繍だけ、デザイン画を描く日はひたすら描きまくるなど、作業の種類はできるだけ1日に1種類と決めたりして、効率性を高めて毎日を乗り切っているそうだ。
「主人は経理のアドバイスをしてくれますし、息子たちも『ママはアイヌ刺繍が大好きなんだね。頑張ってね』と応援してくれています。とはいえ、アイヌの方々に取材をしたくて北海道へ行く計画を話したら、次男と三男には『どうして行っちゃうの?』と泣かれました(笑)。ママはアイヌ刺繍をいろんな人に見てもらうために勉強がしたいんだよ、と一生懸命話して、なんとか納得してもらいましたが。ただ、こどもにわかる易しい言葉で説明するうちに、自分の思いがより明確になったのはよかったですね」
今後は、胸を張って「事業です」と言えるだけの収入を上げていくことをめざしたい、という篠原さん。そのための一歩として、刺繍のワークショップやアイヌアクセサリーの制作・販売など、新しい展開にも踏み出した。そして「知名度を上げるために、まずは個展が直近の目標。そのためにも、販売用以外でまとまった作品数を仕上げたいです」と目を輝かせる。

モレウ工房

アイヌ民族アート研究やアイヌ刺繍を手がける篠原章子さんの自宅兼アトリエ。刺繍入りの小物や服、ニンカリと呼ばれるアイヌアクセサリーなどを制作・販売している。

篠原さんの ある1日


5:00 起床、前日の家事のやり残しを消化しつつ、
朝食や三男に持たせるお弁当の準備
6:30 こどもたちを起こす、朝食→長男と次男、ご主人が出勤
9:30 三男を幼稚園に送り出す→買い物
10:00~15:00 昼の休憩をはさんで仕事(図案のデザインか刺繍)
15:00~17:00 帰宅したこどもたちと話をしながら仕事の続き
17:00 夕食の支度
19:00 夕食→こどもたちをお風呂に入れる→長男と次男の宿題をみる
21:00 こどもたちを寝かせてからお風呂→パソコンに向かい、
作品の紹介文を書く
23:00~ 一息ついてぼんやり
24:00 就寝

文/横堀夏代 撮影/石河正武